また二毛作の拡大や、商業の発展などで力をつけた農民たちは、年貢の減免や徳政を求め、しばしば一揆を起こし、権力の支配に抵抗しました。
義教は、これに強権をもって対処し、専制君主制をひきました。しかし一方では、新しい文化の発展にも力を貸し、文化人のパトロン的役割も果たしています。1441年、その専制主義に不満を持つ家臣、赤松満佑(あかまつみつすけ)によって暗殺されました。