酬恩庵一休寺
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写真:酬恩庵一休寺パンフレット

浴室に向かいあう右角、参道を右に折れたところには、一休さんの墓所があります。一休さんは後小松天皇の息子であるので、一休さんの墓所は宮内庁が管理しています。ここは普段は入ることはできませんが、門扉の菊花のすかしぼりからその中を眺めると、すっきりと整えられた、禅院式枯山水の庭園を見ることができます。
※枯山水とは・・・?
水を使わずに石や砂と植木で風景を表した庭園のことです。

門扉に菊花の紋のすかしぼりがあります。(宮内庁が管理している証です)
 
★一休さんは天皇の子供なのに、なぜおぼうさんになったの?
一休さんは、1394年(応永元年)正月元旦に、後小松天皇と、宮仕えしていた日野中納言の娘照子姫との間に生まれました。
本来ならば、時の天皇の子として世継ぎの地位にあったのですが、帝が照子姫をあまりにかわいがるので、それをねたむ者に落とし入れられ、照子姫は一休の生まれる前に宮中を出されたのでした。そのため一休は、洛西嵯峨の民家で誕生しています。

一休さんが6才の頃、その将来を僧侶にと願った母の考えにより、禅宗の臨済宗安国寺(京都)の像外鑑公和尚のもとに出家したのでした。